作品をグレードアップする

60歳までに多くの人に共感してもらえる作品をつくれる写真作家になる方法を教えます!

作品をグレードアップする

「どんな作品をつくりたいですか?」と聞くと、「多くの人に共感してもらえる作品がつくりたい」という答えがほとんど。『60歳までに海外でアーティストとして認められる写真作家になる』というセミナーに参加される方の中でも女性はとくに最初はそう答える方ばかりです。そのためアーティスト・ステートメントにも多くの人がうなづくような内容を書いてしまいがちです。でも、それではダメなんです。「万人に受けたい」というのは往々にして誰の心にも届きません。では、どうすればいいのかを今回は教えます !

多くの人に共感してもらいたいなら、パーソナルなことを書くのが正解!

多くの人に共感してもらえる作品をつくりたいなら、多くの人が感じているようなことをアーティスト・ステートメントに書いたり、書く前に明確化すべき5項目に含めていけません。

もちろん、作品の表現についても同じです。

※アーティスト・ステートメントと書く前に明確化すべき5項目にはついてはこちらの記事に書いてあります。

多くの人に共感してもらいたいなら、自分の個人的なことを書くのが正解!

つまり、『パーソナル = グローバル』なんです。

パーソナルなことを書けば書くほど、見た人は共感してくれます。

パーソナルとグローバルは真逆の意味ですから、「そんなの信じられない」と思われることでしょう。

でも、これは真実です。

私が10年以上、セミナーをやってきた中で女性の受講生は全員、その意味を理解してくれました。そして、それを実践することで海外でも認められる写真作家になっていきました。

とはいえ、最初はそんなことを言っても誰もが半信半疑でした。

でも、「騙されたと思って一度そうやってみて」と促し、その方向にアーティスト・ステートメントも作品も持っていくと、見事にほかの参加者たちの心を動かしました。

ポートフォリオレビューでもレビュワー(講評してくれる人、キュレーターや国際写真フェスティバルのオーガナイザーなど)さんがアーティスト・ステートメントを読んで泣いたこともあります。

※ポートフォリオレビューについてはこちらの第4章「ネットで申し込める海外フォトコンなら英会話不要」に書いています。

ごくごく個人的なことを書いたら、自分にしか理解できない感情はわかってもらえるはずがない。

多くの女性はそう思っているようです。

だから、多くの人と共通するような意識や思いをテーマにして作品をつくろうとしてしまいます。

ですが、それだと作家自身の「伝えたい」という情熱が曖昧になり、見る人の心に刺さるようなインパクトのある作品にはなり得ないのです。

『共感したいもらいたいなら、個人的なことを書け』が鉄則です!

共感されたいと意図した作品は、その下心的思いが透けて見えてしまう

では、共感されようとしてアーティスト・ステートメントを書いたのに、あまり共感されなかった例をご紹介しましょう。

Fさんは当時40代。バリバリのキャリアウーマンで、東京ガールズショーのような大きなイベントのプランナーでした。

毎日、仕事に追われ、残業続きの日々。

それでも、たまのお休みには写真を撮る。それが彼女にとってのストレス解消にもなっていました。

地方出身者で、東京でひとり暮らし。

そんな彼女が撮影していたのは「枯れた花」でした。そして、投げ出された花の上には白い乳液がかけられています。

誰が見ても、とてもインパクトのある作品でした。

でも、Fさんもセミナーに参加していたほかの女性メンバーと同様です。たくさんの人に共感してもらえる作品にしたいというのが希望でした。

それにしては画像が「共感を呼ぶ」ような感じには見えませんでしたが……。

でも、書いてきてもらったアーティスト・ステートメントは以下のようでした。

タイトルは『花は枯れても美しい』

大都会で働く私は毎日、男性にも負けないくらい頑張っている。

夜遅くになって誰もいなくなったオフィスで作業しているときだった。

ゴミ箱に捨てられた花を見つけた。

昼までは美しく飾られて、みんなに見られていた花たち。

それが無惨にも捨てられていたのだ。

まるで、私たちのように……。

40歳を越えて疲れるまで働いている都会の女性たち。

完全に枯れてはいないし、まだ確かに息をしている。

私は花をゴミ箱から拾って自宅へ持って帰った。

そして、いたわるように再び花瓶に活けた。

少し枯れても花は美しい。私だけでもそうして見続けてあげたい。

Fさんいわく、自分と同じく40歳を越えて都会で働く女性への応援歌だということでした。
一応、個人的なストーリーにはなっているので、その部分は悪くはないと思いました。
ただし、伝えたいことが「40歳を越えて都会で働く女性への応援歌」というのは、同じような境遇の多くの女性やその周辺の人々に共感してほしいという思いが透けて見えます。
アーティスト・ステートメントの言葉の端々にもそれは現れていました。
そういう思いはとかく見た人には伝わりやすいです。
とくにポートフォリオレビューのレビュワーさんのようにアート写真のスペシャリストには一眼で見透かされることになってしまいます。

共感よりも「自分の心の叫びを表現する」。これに勝るアートはない

その後、Fさんとはセミナーの度に何度も会話を重ねました。
そして、本当に言いたいことを掘り起こしていきました。すぐには出てきませんでしたが、さまざまな話をするうちに彼女が作品の中で乳液をかけた理由についてもだんだんわかってきました。
そのうちに、とうとう彼女が本当に伝えたかったことが出てきました。
それはFさんが身を持って体験したはっきりとした怒りが元になっていました。
 彼女が最後に仕上げたアーティスト・ステートメントが以下になります。
タイトルは『世と女を抱きしめて生きる』

40歳を越えたとき「子どもを早く産まなくては」と思った。

出産のためにはその前に結婚していないと……。だから、結婚に対しても執着があった。

でも、そこにはもっと深い秘密がある。

私は子宮筋腫ができやすい体質だ。
2度目の手術のときに医師に「結婚する予定はありますか?」と聞かれた。

「予定はない」と答えると、その男性医師は「じゃあ、子宮は全摘したほうがいいね」と事もなげに言った。

その言葉を聞いたとき私は怒りと悲しみで震えた。

子宮はそんなに簡単に失くしてもいいものじゃない。

花なら枯れ始めている時期でも子どもをつくる機能を有している。

私は全摘出を拒否した。

3度目の手術も受けたが、私はずっと女として生き続けていきたい。

最後に、Fさんのアーティスト・ステートメントはすごくインパクトのあるものになりました。

彼女の文章を読みながら、私は岡本太郎さんの母である岡本かの子さんの言葉を思い出しました。

『日本橋の真ん中で、裸で大の字になる覚悟がなければ、小説は書けない』。

歌人であり小説家で、奔放な恋愛をして最後に仏教研究家になった女性です。

私はアーティストになるならそれくらいの覚悟が必要だと思っています。そして、それができるのは女性だけだと思っています。

Fさんは最初、みんなと同じように共感をしてもらいたかった。でも、おそらくは最初から言葉には出さずとも「子宮をなくしてしまえなんて、あまりにもひどいと思いませんか」と言いたかったのでしょう。

けれども、個人的な体験、女性特有の病気のことなどを言うのは恥ずかしかったり、憚られることだと感じていたと教えてくれました。

そして、このアーティスト・ステートメントは、Fさんの枯れた花に乳液をぶちまけた作品ともぴったり当てはまります。

セミナーには男性も参加していましたが、全員が共感しました。

これがまさに、パーソナル = グローバルです。

このアーティスト・ステートメントによって、Fさんは自分の伝えたいことに自信を持てるようになりました。

そのため、作品にも「届けたい」という彼女の情熱がどんどん溢れ出し、見事にソフィスケートされていきました。

「私の心象風景」というタイトルの作品は何を伝えたいのかがわからない

前述のように、女性フォトグラファーが作品に関していう言葉の第1位は「多くの人に共感してほしい」です。

アーティスト・スーテトメントと作品は表裏一体のようなものです。アーティスト・ステートメントがよくなれば作品もグレードが上がります。

なので、作品をグレードアップするためには、アーティスト・スーテトメントには「共感してほしいならパーソナルなことを書くのがベスト」だと書きました。

では、経験豊富な女性フォトグラファーが「共感してほしい」の次に多くいう言葉は何だかわかりますか?

それは「私の心象風景を表現しました」です。

そして、この言葉をいう写真家は「どうして心象風景を表現したのですか?」と尋ねても、はっきりした答えを持っていません。

例えば、写真展に行って『私の心象風景』というタイトルで10点くらいの写真が展示されていたとしましょう。

その写真の内容は、放置されたままのような庭だったり、その片隅に咲く花だったり、奥へと続く道の手前に猫が背をむけていたり、池に映る紅葉のリフレレクションと一枚の葉だったり、夕暮れの道を手を繋いで帰る逆光の母と子だったり……。

だいたいは昔懐かしい風景、郷愁を感じる瞬間などがとらえられています。

ノスタルジックな風景を写して、それが自分の心の中に刻み込まれているシーンだという。それは現実ではなくて、心の箱に入っている私にしか見えない風景だという人もいます。

でも、それらはみんなどこかで見たことのある写真です。同じように郷愁を感じてくれる人もいるかもしれませんが……。

けれども、そういう作品では、アーティストと認められる写真作家にはなれません。

「美しい風景写真ですね」、「ノスタルジックな心地いい写真だね」で終わってしまいます。

その理由は、アート作品をつくるときは「どんな被写体を使って撮るか」と「それによって何を伝えるか」がないとアートにはならないからです。

これは作品をまとめる(アーティスト・ステートメントを書く)ためのビジョンです。それについてはこちらの第1章「名文家もいきなりは無理! アーティスト・ステートメントを書くには順番がある」に書いています。

作品制作のビジョンとして必要な「どんな被写体を使って撮るか」は心象風景でいいでしょう。

でも、「それによって何を伝えるか」がないと、表現にはなりません。

『私の心象風景』というタイトルで、伝えたいこともなく撮り溜めて並べたのでは「思い出に一緒に浸りましょう」という共感のおねだりにしかなりません。

だけど、「私の心象風景です」という方は、本当は心のもっと奥に「伝えたいこと」「表現したいこと」を潜ませています。

自分の心象風景写真をよくよく見て、どうして自分はそこを切り取ったのか。その理由を書き出してみてください。

そこには必ず、あなたがそこに惹かれている理由が隠されています。

それは子どものときの体験かもしれないし、嫌な思いとか、逃げたかった出来事だったり……。

それなのに多くの女性が心象風景というのはなぜでしょうか?

それはこの被写体によって何を表現したいのかを深く考えて文章化するよりも、『心象風景』という言葉で簡単にまとめてしまうほうが楽だからです。

心象風景という言葉で誤魔化してしまうのだと思います。

何度もいいますが、こういう女性フォトグラファーはじつは人とは違う体験を心の底に眠らせています。

私がディレクターとしてサポートしているSAMURAI FOTOのメンバーや「アーティスト・ステートメント講座」や「60歳から海外で活躍する写真作家なるセミナー」の受講生でも、「私の心象風景です」という方は多いです。

でも、ひとり一人に向き合って、文章の添削や作品のまとめ方をお話ししていると、ほとんどの方はその人だけの強烈な思いが元になっています。

だから、「私の心象風景」といって「何を表現しているのでもない」ということ自体は✖️ですが、その人の奥には必ず「伝えたい」思いが宿っていると思っています。

なので、心象風景と言いたくなったら、自分の懐深くにはアートの芽が芽生え始めていると思って、自分を深く掘り下げてみてください。

「風を表現しました」「愛を表現したいです」というのは表現したいことではない

「心象風景を表現しました」という人は自分の思いを深掘りしていないだけなので、まだ見込みがあります。

ですが、これはちょっと困ったなという例があります。

それは「あなたが表現したいのは何ですか?」と尋ねたとき、「風」とか「愛」と答えられたときです。

実際に、そういう答えをされて、アーティスト・ステートメントや作品を持ってこられた方々がいました。

例えば、「風」と答えた人の被写体(モチーフ)は風に煽られたものたちです。

風で変形した木、竜巻のような強風でサークル状になった稲藁、風化していく建物など。

そして、そのアーティスト・ステートメントは以下です。

タイトルは『風』

風は私たちには見えない。

見えないけれど、通り過ぎたのちに痕跡を残していく。

強風で煽られて曲がった木や風に吹かれて弧を描いたワラが風の存在を告げる。

風は少しずつ強固な壁も削っていく。

見えないもの。

けれど、微かに跡を残す風に私は憧れている。

この内容もまさに風のことを言っているだけです。

これでは「アート」というよりただの「風の写真」です。

なぜ、こうなってしまうのか。

その理由は、「あなたが表現したいのは何ですか?」の答えが「風です」というのが正しくないからです。

風は被写体であって、表現したいものではありません。

「あなたが表現したいのは何ですか?」の答えだとしたら、「見えないけれど少しだけ跡を残していくもの」という感じになるでしょうか。

そして、「どうしてそれを表現したのですか?」の答えは、「60歳を越えた今、私の人生もそうありたいと思うようになったから」くらいにはしてほしいです。

そして、アーティスト・ステートメントを書くなら以下のようにするのが正解です。

タイトルは『少しだけ痕跡を残して去ろう』

60歳を迎えたとき残りの人生はそんなに長くない。

どうやって過ごしていこうかと考え始めた。

誰にも迷惑をかけずに静かにさっと去っていきたい。それまでは充実した日々を過ごしたい。

名もない野原の道で風に吹かれながら、ぼんやりとそう思った。

風にたなびくススキに挟まれた小道はさやさやと優しい音を立てていた。

ああ、こんな風のように見えないけれど、そっと痕跡を感じさせて、また消えていく。

そういう人生の締めくくりがいい。

冷たい風もやさしい風も痛い風に吹かれたこともあった。

でも、声高に存在を主張せずに、少しだけ少しの間だけ跡を残して、私も去っていきたい。

こちらは私と添削を重ねて、最終的につくったアーティスト・テスートメントです。
読む人の心に響くと思いませんか?_
このアーティスト・テスートメントを読んだ後に、風で変形した木、竜巻のような強風でサークル状になった稲藁、風化していく建物などの作品を見たら、よけいに心が持っていかれる人が多いと思います。
情景が浮かぶようなやさしい言葉で書く。そして、特定の人をターゲットにして書くこともとても大切です。
そうすれば、結果的にたくさんの人に共感してもらえる作品になっています。

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