写真歴は30年以上でさまざまなプロの撮影レッスンも受けた。写真展も何度も開催し、写真集を制作する講座を受けて写真集も出版している。それなのに自分の作品をまとめることができないという方へ。その理由はアーティスト・ステートメントを書いていないからです。これは何を伝えたいかを言語化したもの。「文章なんてもっと苦手」と言わないでください。自分を掘り起こすことで文章は完成しますが、自分と向き合うことがじつは女性はとても得意です。心配しないで、順番に従ってアーティスト・ステートメントをまとめていきましょう!
名文家もいきなりは無理! アーティスト・ステートメントを書くには順番がある
アーティスト・ステートメントを書くとき、いきなりパソコンで文章を打ち始めていませんか?
そして、消しては書き、書いては消して文章を入れ替えたり……。
何度もそうしているうちにしまいには頭がこんがらがってしまい、「やっぱり私には無理」とあきらめてしまっていませんか?
いきなり名文を書くなんて、著名な小説家でもできません。
小説でも、人物設定やプロット(構成)を考えてから書き始めています。出版社で編集を担当していたので、その流れはよく知っています。
同じように、アーティスト・ステートメントを書く場合にも、この流れでやっていくと”書ける”という順番があります。
それに従ってやっていくと、意外にも簡単にアーティスト・ステートメントを書くことができます。
その工程は以下になります。
① どんなシリーズ作品にするかを決める
(自分が撮影した写真や好きな写真作家の写真を見てメモする)
② ビジョンを見つける
(「どんな被写体を使って撮るか」と「それによって何を伝えるか」)
③ 文章化する前に明確化すべき5項目を箇条書きで書き出す
⚫︎ 何を伝えたいのか?
⚫︎ なぜ、それを伝えたいのか?
⚫︎ なぜ今、それを伝えたいのか?
⚫︎ どこがオリジナルか? または、それを伝えるのが私なのはなぜか?
⚫︎ 作品を見た人あるいは社会に何をもたらしたいのか?
④ 自分の体験をストーリー化した文でアーティスト・ステートメントを完成する
この順番で進めていけば、アーティスト・ステートメントは誰もが書けます。
アーティスト・ステートメントが書けるようになって活躍している女性作家
私がディレクターを務めているSAMURAI FOTOは、日本の写真家が海外で活躍する写真作家(アーティスト)になることをサポートしています。
そこに加入している女性のうち2名はいま60代半ばです。
彼女たちも最初はアーティスト・ステートメントが書けませんでした。というより、その言葉も存在も知りませんでした。
それでもアーティスト・ステートメントの書き方を学んで10年経った今、ロサンゼルスやサンクトペテルブルグ、イタリアなどでのグループ展に選ばれています。海外でいくつもの個展も開催しています。
Cさんは「還暦から海外で認められた写真家」と朝日新聞に紹介されたり、雑誌『クロワッサン』にも掲載されました。海外メディアからもたくさんインタビューを受けています。
アメリカの三大アート写真美術館のひとつであるMOPA(Museum of Photographic Art)のパーマネント・コレクションにも入っています。
もう一人のSさんもワシントンポスト誌で作品が紹介され、それを見た方から作品を購入したいという申し出があり、すでに何点か売れています。展覧会でさまざまな国の人々と交流することをとても楽しんでいらっしゃいます。
アーティテスト・ステートメントを書けば、自分の作品を上手くまとめられます
「私は文章が苦手だし、トライしたけどやっぱりアーティスト・ステートメントは難しかった」とずっとあきらめている60歳近い女性の皆さんへ。順番に従えばアーティスト・ステートメントは絶対に書けるようになります。
そうすると、作品のグレードも上がって、1つのシリーズにまとめられるようになります。
ちなみに、海外ではシリーズ作品のことを「プロジェクト」と呼んでいます。
海外のポートフォリオレビューでは20分のレビュー時間の間に15〜20枚(50)の1プロジェクトを見せます。
ポートフォリオレビューについてはこちらの第4章「ネットで申し込める海外フォトコンなら英会話不要」に書いています。
プロジェクトは全体で50枚あっても100枚あってもいいです。ただ、ポートフォリオレビューでは時間の制限があるので、その中から選んだ20枚程度を見せるわけです。
でも、ポートフォリオレビューに参加しないとしても、写真作家になるためにはいくつかのプロジェクトを持っている必要があります。
なので、まずは1つのプロジェクトをつくるところから始めなければなりません。
日本国内で、撮影歴も長く、写真展を何回も開催しているアマチュア写真家の方でも、この1プロジェクト目をつくるのに苦慮している方がとても多いです。
そうして、プロの写真家に写真を見てもらったり、エディトリアル・デザイナーに写真集にまとめてもらったりしています。それでも結局は自分ではまとめれられないままで、相談されることが多いです。
まとめられない最大の理由は、アーティスト・ステートメントを書いていないからなんです。
いくら写真の並べ方を学んでも、それは並べ方の構成あるいはテンションにしか過ぎません。作家自身が「何を伝えたいか」を見つけて、それを明確にわかっていないとプロジェクトをつくれません。
プロの写真家の先生に並べ方を指導してもらっても、デザイナーさんに写真集の構成を指導してもらっても、それはあなたが「伝えたいこと」を見つけられて完成したものではないからです。
どんなふうにまとめるかモチーフも見えてこないときに最初にやるべきこと
というわけで、「① どんなシリーズ作品をするかを決める」について始めていきましょう。
これはたくさん色々な写真を撮っているけど、いざ、1つのシリーズ作品にしようとすると「どんなふうにしたらいいかわからない」というときに最初にやることです。
それは”自分のこれまで撮ってきた写真を見返すこと”です。
これが自分を内省しながら、自分の思いと向き合って、表現したいことを見つける作業です。
「なぜ、この場面を撮ったのか」
「なぜ、ここを美しいと思ったのか」
「この表情のどこに惹かれたのか」
そんなことを探りながら、過去に写した自分の写真を見ていくのです。
そうしながら、気づいたことをメモしていきます。ここで大切なのは「文字で書いておく」ということです。
ただ、見るだけではダメです。
何度も繰り返して見てもいいと思います。必ず、感じるものや気づくことがあるはずです。それを書いていきましょう。
自分の写真以外にも、好きな写真作家や画家などのアーティストの作品も眺めてみましょう。
そして、「なぜ、その作品が好きなのか」「どこがいいと思うのか」。あるいは嫌いなアーティストの作品の「どこが嫌いなのか」でもいいと思います。
音楽や映画で気になるものでもいいです。
とにかく自分をほじくり返して、どんどん深掘って、自分の思いに近づいていきましょう。
そして、書き出したことを見つめていくうちに、「あっ、これやってみたい」というものがあったら、とにかくまず始めてみましょう。
そこでまた「もっといいモチーフを見つけられるかもしれない」と迷わないください。それではゼロ地点から少しも進んでいないスタート地点に戻ってしまうからです。
途中で「やっぱりこれじゃない」と思ったら、また別のものを探せばいいだけです。
たくさん見て聞いて、書き出して、気になるものから取りかかってみましょう。
この作業も女性は得意だと思います。「自分を知る」ということは女性なら好きな人が多いはずです。
男性は自分の思いをさらけ出したり、本当の自分を知ることは恥ずかしくて苦手な人が多いですが……。
「自分の思いを見つめたい」「自分を知りたい」ということが好きであれば、それはすでにアーティスト体質です。
50歳を過ぎて色々経験してくると、写真作家と関係なくてもそんなふうに思う女性は多いです。私の女友だちはほとんどそんなふうです。ですから女性は本来、アーティストに向いていると私は思っています。
そのためには自分の写真や好きなものを眺めて、どこが好きなのかを書き記して、「自分がやりたいこと」「好きなこと」「やってて楽しいこと」を見つけましょう。
60歳から世界で活躍するアーティストになるのですから、「売れるため」や「カッコいい」は必要ありません。そもそもそんな下心があるとレベルの高いアートにはならないです。
第二の人生を思い切り楽しいものにするために、「やりたくて堪らないもの」を見つけられたら最高です。
「やってみようかな」が見つかったら、次はビジョンを立ててみましょう
「これ、やってみようかな」が見つかったら、次にやるのはビジョンを書き出すことです。
ビジョンとは、「どんな被写体(モチーフ)を使って撮るか」と「それで何を伝えるのか」という作品づくりのための2つの項目です。
Visionとは展望という意味になります。もっとわかりやすい例がありますので紹介しますね。
それは、写真作家の杉本博司さんの『劇場』というプロジェクトのアーティスト・ステートメントの中に出てきます。
杉本博司さんは若くしてニョーヨークに渡った写真家で、世界的に有名なアーティストです。作品は2008年に1億円を超えました。今、日本人の写真作家の中でもっとも高額で取引されている世界トップクラスのアーティストです。
以下が、『劇場』のアーティスト・ステートメントです。
私には自問自答の習癖がある。
自然史博物館の撮影を始めた頃のある晩、私は半覚醒状態である一つのビジョンを得た。そのビジョンに至る自問はこうであった。
『映画一本を写真で撮ったとせよ』。
そして自答は次のようであった。
『光輝くスクリーンが与えられるであろう』。
私はさっそく与えられたビジョンを現実に起こすべく、実験に取りかかった。
イーストビレッジの1ドル劇場に、旅行者を装って大型カメラを持ち込むことに成功した。
映画が始まったのでシャッターを開けた、絞りは取りあえず全開だ。
2時間後、映画の終わりと共にシャッターを閉じた。
その晩、現像をした。
そしてそのビジョンは、赫葯として私の瞼の裏に昇った。
いかがでしょうか?
ビジョンとはどういうものかよくわかったかと思います。
アーティスト・ステートメントとしても、杉本さんの個人的な体験も含まれていて、とてもわかりやすいステートメントだと思います。
書かれている通り、「被写体は映画館のスクリーンで、それを映画の上映時間の間、シャッターを開けて撮る」。
そして、「写真という一瞬の世界に映画一本分の『時間』を閉じ込められることを証明する」。
これら2つが、『劇場』というプロジェクトのビジョンです。
つまり、「どんな被写体(モチーフ)を使って撮るか」というのは撮影に関すること。
「それで何を伝えるのか」はアーティスト・ステートメントの話になります。
この2つの項目があってはじめて”アート”にもなるわけです。
「どんな被写体(モチーフ)を使って撮るか」だけがあって、「それで何を伝えるのか」がないとただ趣味で撮っている写真になってしまいます。
ヒューストンで2年に一度開催される世界最大のポートフォリオレビューがあります。そこには2016年と2018年、SAMURAI FOTOで10名くらいずつで参加しました。
2016年のときにあるひとりのメンバーがレビュワーさん(講評してくれるスペシャリストでアメリカの美術館のキュレーター)に言われたことが今でも忘れられません。
このメンバーは入会したばかりで、アーティスト・ステートメントについてブラッシュアップできないままにポートフォリオレビューに参加しました。
そんなこともあって、作品自体にも強く訴えるものが表現されていませんでした。
彼の作品を見て、アーティスト・ステートメントを読んで、レビュワーは”Your works are beautiful. But too easy !”と言ったのです。
「あなたの作品は美しい。でも、それだけだよ」という意味です。
作品やプロジェクトをつくるときのビジョンとして、「それで何を伝えるのか」がないと世界では認められないのです。
もちろん、国内であっても「それで何を伝えるのか」がなく、ただ撮っていたのではレベルの高い作品にはなり得ません。
「どんな被写体(モチーフ)を使って撮るか」と「それで何を伝えるのか」は、バイクの両輪です。アートというバイクは両方がないと走れないわけです。
そして、このビジョンは最初決めたらずっと変わってはいけないわけではありません。
杉本博司さんのように強い啓示で、その通りに上手くいく場合もあると思います。が、大抵は違います。
少し撮影していると、「伝えたいここと」が変わってきます。
そして、「何を伝えたい」を書き出しながら、アーティスト・ステートメントを考えていると、被写体が変わったり、その撮り方が変わってきます。
むしろ、そういうふうに両方が変わっていくほうがいいです。
変わっていくのは、進化した証拠だからです。
もしかしたら、杉本博司さんも最初のビジョンでは、「映画の上映時間分の露光時間で撮る」ということを思いついていなかったのかもしれません。
もっと短いシャッター時間を開けていたけれど、撮影を進めたり、「何を伝えたいか」を考えていくうちに「映画一本分の露光時間がいい」ことを導き出した。それでステートメントに上手くまとめたという場合もあります。
実際に、SAMURAI FOTOのディレクターの吉田繁さんの”Border for a Prayer(祈りの境界)”でもそんなふうに変わっています。
東日本大震災のとき津波が来た海をモチーフにしたプロジェクトで、60秒の長秒(露光時間)で海を撮影していました。
日本人は津波を起こして家族を奪った海にさえも祈りを捧げる。
境界というのは海の向こうは神の境域と手前の私たち人間の領域の境目。そこを越えて人々は祈りを捧げ、この祈りの力が困難を乗り越えて生き続けていく力を与えている。
というのが彼の伝えたいことでした。
津波が起こったとは感じさせないような静かな海を表現したい。それは神の領域で祈りの対象だからと、60秒の露光時間にして凪のような海を表現しました。
でも、それだけでは”60秒”の意味が撮影上のテクニックになってしまいます。心には響きませんよね。
そこで彼は以下のようなことをビジョンとすることにしました。
それによって、タイトルも”One Minute Story”に変わりました。
ビジョンを変え、タイトルも変えたことで、吉田さんの作品は評価が高くなりました。プリントもより洗練されました。そして、モスクワの随一のギャラリーの契約作家となり、個展を開催するに至りました。
つまりは最終的に見た人に伝わりやすいものになっていればいい。最初のビジョンは仮でもいい。それでも始めて動き続ければ必ず、いいアイディアが浮かんでくるということです。
アマチュア写真家として撮影を楽しんでいた時間が長いと、なかなか自分が満足できるような「それで何を伝えるのか」が出てこないかもしれません。
でも、すでに活躍している有名な写真作家もそうです。
最初から完璧なビジョンが下りてくるなんて稀有な話です。
「これを表現したい」が出てこない。そういう場合には、机に向かって考えていないで、外へ撮影に出てください。撮影しながら、伝えたいことを見つけようとするほうがいいです。
「どんな被写体(モチーフ)を使って撮るか」と「それで何を伝えるのか」はバイクの両輪だといいましたが、2つあるということはとてもいいことです。
1つに行き詰まったら、もう1つをやってみる。1つにいい考えが浮かんだら、もう1つにも取り組んでみる。すると、ストンと腑に落ちたように納得できる言葉や撮影法が浮かんできます。
行き詰まったときは別のことをすることで解決の方法に向かうことができます。
とにかく、仮のビジョンでもいいので「どんな被写体(モチーフ)を使って撮るか」と「それで何を伝えるのか」を考えながら、動き始めてみてください。
重要な5項目を箇条書きして、撮影しながら加筆修正していきましょう
アーティスト・ステートメントを書く前に作家が明確にしておくべき5項目
ビジョンが決まったら、次は以下の5項目を箇条書きにします。
① 何を伝えたいのか?
② なぜ、それを伝えたいのか?
③ なぜ今、それを伝えたいのか?
④ どこがオリジナルか? または、それを伝えるのが私なのはなぜか?
⑤ 作品を見た人あるいは社会に何をもたらしたいのか?
ただし、これはそのままアーティスト・ステートメントに書く項目ではありません。
書く前にまず、アーティスト自身が自分の心に明確化しておくべき5項目です。
( 書くべき内容についてはこのあとで説明します)
私は2012年の南仏アルルで開催されたポートフォリオレビューで初めて、アーティスト・ステートメントという存在を知りました。その後、色々と調べたり研究し、セミナーで教えてきた中で私がたどり着いたメソッドです。
そもそもアーティスト・ステートメントには決まったルールはありません。
村上隆さんや名和晃平さんなどの現代アートの作家でも、絵画などでもアーティスト・ステートメントは必要とされています。ですが、分野によって、あるいはアーティストによってどのように書くかは千差万別です。
なかには、そのアートの歴史の流れの中のどの流派に属するかというような文脈を書くべきだという人もいます。あるいは作品の美術的価値をいうべきだというアーティストもいます。
どれも正しいですが、私がここで紹介しているのはアートフォトの分野に適したアーティスト・ステートメントです。
以前は、「5項目をアーティスト・ステートメントに入れて書いてください」と言ったこともありました。でも、よくよく考えてみたら、これらは文章を書くためというより、見た人の心に響く作品にするために明確化すべき項目であることがわかりました。
例えば、5つ目の「作品を見た人あるいは社会に何をもたらしたいのか」を文章に入れるとしましょう。それで例えば「私は自分の作品によって世の中の通説を覆すことができると思っています」と書いたとします。
そうすると、読んだ人は「ずいぶんとおこがましいヤツだ」みたいに感じるかもしれません。なので、それは入れなくてもいいというか、むしろ、入れない方がいいです。でも、自分の心の中にだけははっきりと持ち続けてください。
「作品で何をもたらしたいか」はアーティスト自身が明確に自覚していないと「作品をつくって世に送り出す」とき、強く訴えかけることができなくなります。
書かなくていいですが、書く前に文章として心に明確にしておくべき重要事項です。
見た人や社会に何ももたらさない作品は趣味の写真と一緒だということになってしまうからです。自分が満足するだけの作品はアート写真の世界ではおそらく”too easy”と評価されてしまうでしょう。
結論からいうと、この5つの中でアーティスト・ステートメントの文章に含めなくてはならないのは、①と②だけです。
「何を伝えたいのか?」と「なぜ、それを伝えたいのか?」の2つです。
もちろん、③、④、⑤を書いてはいけないわけではありません。ただ、全部書こうとすると、アーティスト・ステートメントが上手くまとめられなくなる人が多いから、絶対書くべき①と②をまず入れることをおすすめしています。
感動する作品とステートメントにするために明文化が必須の3項目
でも、文章に入れないなら、どうして書く前に箇条書きで明文化しなくてはならないのか。
それは作品をパワフルにして、見た人の心に強く染み込ませるためになくてはならない項目だからです。
アーティスト・ステートメントの中に言葉として必須というよりも、作品をつくるうえで③、④、⑤がないと、影響力や訴求力があり、見た人の心に響く作品にはなり得ません。
③の 「それを伝えたいのが今なのはなぜか?」についていえば、過去でも未来でもなく今、表現する意味がなければ、あなたが今、それをやる必要ないんじゃないのという話になります。
先日、大阪市西成区を撮影した写真をあるグループ展で見ました。とくにその北東部はあいりん地区と呼ばれる日雇い労働者の町として知られています。
ほかの町にはない独特な雰囲気や人々。確かにそのディープな世界を表現していましたが、それは1900年代から誰かが撮影してきたものとそう変わっているように感じられませんでした。
「今でなければ撮れないもの」「今、多くの人が興味を持っていること」、「今の私だからできること」、そんなものである必要があります。
社会情勢に関連するテーマであるなら、2030年まで達成すべき持続可能な社会(SDGs)のための17項目の中の一つをモチーフにする。それは今だから注目されることでしょう。
例えば、その中の1つであるエネルギー問題を取り上げて、民家からは見えないところにどんどんつくられている太陽光発電の巨大ソーラーファームは地球にやさしい発電でありえるのか。そういった今の問題に焦点を当てます。
「今の私しかできない」が最強。それを実現している女性フォトグラファー
社会情勢ではなくて個人的な問題として「今」をとらえてもいいでしょう。
Photo Lucidaというポートランドで開催されているポートフォレオレビューで会った女性写真家のKerry Mansfieldさんはサンフランシスコ在住の広告写真家です。
彼女の”AFTERMATH”というプロジェクトは31歳で乳がんになった自分を撮影した作品群です。手術を受けて右乳房をなくしたり、化学療法中で髪が抜けているときなどの自分のセルフヌードを撮影しています。
それこそ、当時の「今」でないと撮れない作品です。
④ の「それを伝えるのが私なのはなぜか?」はもっとも大切な項目です。オリジナリティが欠如していてどこかで見たことがあるものなら、その作品でなくてもいいということになりますから……。
ケリーさんの” AFTERMATH “はオリジナリティという意味でも成立しています。彼女でなければ撮れないし、片方の乳房がない自分を見せる人はこれまでいなかったからです。
形としては片方の乳房がない自分になったけれど、細胞レベルでは自分は変わっていないはずだ。
でも、ただ、ここには私とカメラがある。
これが彼女が伝えたいことです。
もう、これは見るだけで私たち女性の心に突き刺さってきませんか? すべてをさらけ出しているところに彼女のアーティストとしての覚悟を感じるからでしょうか。
ケリーさんの”THRESHOLD”というプロジェクトはまさに④ の「それを伝えるのが私なのはなぜか?」を実現しています。
作品的には淡いイエローやブルーの鳥の羽が空中を降りてくる瞬間をとらえたものです。
Photoshopでの加工も二重露光もしていないそうで、舞い降りてくる数枚の羽がアップで写されています。
彼女がこのモチーフを思いついたのは50日間続いた極端な睡眠不足のときだそうです。落ちてくる羽を1秒の露出で撮っています。
この作品たちに彼女が込めたのは以下のようなことでした。
睡眠不足なのに薬を処方しても眠ることができない。
その私が耐えていた苦悩の時間の歪みを感じてもらう。
① 何を伝えたいのか?
② なぜ、それを伝えたいのか?
③ なぜ今、それを伝えたいのか?
④ どこがオリジナルか? または、それを伝えるのが私なのはなぜか?
⑤ 作品を見た人あるいは社会に何をもたらしたいのか?
書く前にこれらの5項目がはっきりとしていないとよくない理由が理解していただけたでしょうか?
見た人の心に刻みつけるようなパワーを持つ作品に仕上げるために、この5項目がはっきりしていないとならないんです。
ちなみに、この5項目の内容も、撮影やプリントが進むうちに変わってしまってもいいです。それもまた、進化しているということですから……。
明確にしておくべき5項目はこんなふうに書くといい具体例
では、写真作品ではありませんが、私のドキュメンタリー映画の制作過程で書いていた5項目を紹介しますね。
『福島からのメッセージ ーそれでも私たちはここで生きていくー』はこちらで見られます。
内容的には、津波と福島原発の事故により長く避難せざるを得なかった福島県南相馬市、相馬市、浪江町、飯舘村の人々からのメッセージです。
あんなにも辛い時期を乗り越えて、それでも前向きに生きていこうとする18名の人々。
なかには、あの震災を糧のようにして新しい人生を歩み出した人もいます。 その言葉は被災した方々だけでなく、私たち日本人全員に、そして、世界中の人々に希望と元気をくれるでしょう。
現に、彼らの言葉を聞いてきた私がとても勇気をもらったからです。 不安な時代ですが、彼らからのポジティブなメッセージによって、それぞれが明るい未来を切り拓いていってくれたら嬉しいです。
以下が、5項目です。
人はどんな困難に襲われても、何歳からでも前向きに人生をやり直せる。
人は幸せになるため生まれた。幸せになるためには前向きになること。その体現者の言葉を伝えたい。
東日本大震災から10年の節目にウクライナの国立美術館の依頼で撮影開始。もともとは今、戦時下にあるウクライナの国立美術館で2022年の3月に上映予定だった。
復興が進まない、放置されたままの家や人口が減ったままの被災地など、東日本大震災の悲惨さを伝えるものが多い。その真逆の前向きな人々の営みを表現。18名が主人公という独特の構成にした。
ウクライナの戦争により悲惨な現実に見舞われている。震災もそうだったが、戦争もいつかは終わる。そして、人は絶対にそこから立ち上がれる。それを忘れずに生きてほしい。
参考にして、ぜひ、ご自分でもよく見るノートに書き記しておいて、制作を進めてください。
この5項目を明文化してあるかどうかで作品のパワーはもちろんのこと、あなたの制作にかけるパワーも違ってきます。
心に響くアーティスト・ステートメントは体験に基づいたストーリーを書く
いざ書こうとするとカッコつけてしまい、一般論的になってしまう例
さて、ここまでは箇条書きのようなものが多いので、なんとかできると思います。
ところが、いざ文章にまとめるとなると、ビジョンのことや5項目をすっかり忘れて、いきなり小難しく文章を書き始める方がとても多いです。
そして、一般的な社会通念。誰もがそうだと思うような内容が多いのが残念です。
野鳥を撮影し続けている写真家を想定して、そんなアーティスト・ステートメントの例を書いてみました。
私は20年前から野鳥の撮影をしています。
鳥たちの自由な飛翔と美しさから自然界の美と生命力を感じました。
野鳥たちは異なる種や背景を超えて同じ空を共有し、互いに助け合う姿勢が平和的な共存社会の模範であることを示唆しています。
彼らの飛翔は平和と共存の象徴であり、多様性と協力の表現です。
鳥たちからの教訓を通じて、私の願いは永続的な平和と調和へと向かうものです。
この作品は、自然界の美と理想的な人間社会の共存を結びつけ、鳥たちの自由な飛翔が私に伝えた強力なメッセージを表現しています。
さあ、どう思いますか?
これを読むと、ビジュアルが心惹かれるようなアート作品だとはとても想像できないと思いませんか?
誰もが思う当たり前のことを、AIが優れた文章にまとめてくれた。そんなふうに見えるだけで、アート作品のステートメントには感じられませんよね。
前の章で明確化すべき5項目で、③「今」と④「オリジナル」と⑤「社会にもたらすこと」をちゃんと認識していれば、こんなふうにはならないはずです。
でも、こういう文章は男性陣にとても多いです。
初めて文章を書くとどうしても難しい研究論文のようになってしまう。あるいは役所の広報誌のような当たり障りのない文章になる。
その一方で、自分の素直な気持ちをさらけ出せない。それが男性の写真家さんのほとんどが書いてくるアーティスト・ステートメントです。
それに比べて、女性は素直に自分の気持ちを書ける方がとても多いです。
難しい言葉や言い回しを使うのは文章がヘタな証拠です
そもそも難しい言葉を使うと、語彙力があるとか文章が上手いと判断されると思っていませんか?
それは文章がヘタな証拠なんですよ。
出版社で編集者をやっていたときに、五木寛之さんのお話を聞いたことがあります。
それは「僕は60歳を越えて、最近やっと文章が上手くなった。やさしい言葉で書けるようになった」とおっしゃったという話です。
そうなんです。いつも自分が使うようなかしこまっていない言葉で誰でもわかるように書けるのが、文章の上手な人です。
アーティスト・ステートメントを文章化するときの5つのポイント
ということで、ここで、そんなやさしい文章(アーティスト・ステートメント)の書き方のポイントをまとめてみます。
①「表現したいこと」と「それはなぜか」を入れる
② 難しい言葉は避けて、優しい言葉で素直に書きましょう!
③ 言葉足らずや説明不足になっていないかチェックが重要
④ 一般常識などの客観的な事実よりも、具体的な自分の体験を書きましょう!
⑤ わかりやすくするためには比喩や格言、著名人の言葉を借用してもいい
そして、もちろん最重要なのは、何度も読み直して、推敲することです。
では、そんな具体例をちょっと紹介しましょう。
第3章の『この重要な5項目を箇条書きして、撮影しながら加筆修正していきましょう』で、私のドキュメンタリー映画の5項目を挙げました。
それを5項目全部を文章に入れ込んで、当たり障りのないように一般的に書いたアーティスト・ステートメントが以下です。
福島からのメッセージ ーそれでも、私たちはここで生きていくー
この映像は今年3月にウクライナの首都キーフにある国立美術館で上映される予定でした。
チェルノブイリの原発事故を経験したウクライナは福島原発の事故が起きたとき真っ先に線量計を現地に届けてくれました。
それからも原発周辺の人々を気遣い、事故から10年後の「福島の人々の今」を見たいというのが始まりでした。
津波と原発事故により長く避難せざるを得えなかった人々。
しかし、彼らは辛い時期を乗り越え前向きに生きています。震災を糧にして新しい人生を歩み出した人もいます。
彼らの言葉は世界中の人々に元気をくれる力を持っています。撮影しながら私自身もとても元気をもらいました。
諦めさえしなければ幸福の扉は必ず開く。
彼らからのメッセージは不安な現代に指す『希望の光』となるでしょう。
どうでしょうか。
そんなに悪くはないと思いますが、パッションが足りない感じで、優等生が書いた文章みたいでつまらなくないですか?
ビンビンと心に響いてこないですよね。
その理由は5項目を全部入れていることと、何よりストーリー性がないからです。
アーティスト・ステートメントを書くための最大のポイントはストーリー性
では、アーティスト・ステートメントとして文章化するときの最大のポイントをお教えしましょう!
「何を表現したいか」と「なぜ、表現したいか」という理由を、”自分の体験を元にストーリーにして、やさしい言葉で書く”ということです。
人の心を動かすのに最も大切なのは「ストーリー」です。
TEDx TalksというYouTubeチャンネルは世界をリードする思想家や著名人のスピーチが見られます。たくさんの講演の中で感動を呼んだものを調べた統計が発表されています。
感動的なスピーチにはストーリーが多く含まれていたそうです。しかも、それは本人の体験に基づくストーリーです。
ですから、私もアーティスト・ステートメントとして文章化するときには、自分の体験に基づいたストーリーをやさしい言葉で書いてくださいと提案しています。
ほかにもアートフォトを扱う美術館のキュレーターさんにいつも「永久保存する作品はどんなものですか?」という質問もしています。そのときもほとんどのキュレーターさんが「ストーリーがある作品」と答えます。
では、なぜ、スピーチにしろ写真作品にしろ、みんなが口を揃えて「ストーリーが大切だ」というのでしょうか?
なぜストーリーのある文章を書くと、キュレーターさんも感動してくれ、作品も心に響くようになり、私自身も心が震えるのか。その理由を知りたいとずっと思ってきました。
それが最近、ある書籍を読んでいてわかりました。
それは『老いと記憶ー加齢で得るもの、失うもの』(中公新書)増本康平著です。
そこには人間の記憶、脳に関係していると書いてありました。
例えば、多くの人はランダムに並んだアルファベット12文字を2回見ただけでは全部覚えることができません。
「A、K、B、N、H、K、J、T、B、B、M、W」と2回読んでみてください。そして、その後に覚えている文字を言ってみてください。おそらく10文字言えれば優秀です。
でも、その10文字も声に出した途端に忘れてしまうでしょう。
大丈夫です。それが人間の普通の脳です。
しかし、この12文字を「AKB」「NHK」「JTB(旅行会社)」「BMW」と分けてみてください。そうすると、12文字全部を簡単に覚えることができますよね。
これはワーキングメモリーというもので、いわゆる記憶力。入ってきた情報を頭の中で保持して、どの情報を覚えておけばいいのか、どの情報は削除していいのかを整理する能力を指します。
そういった記憶力の中でも人間がいちばん忘れにくいのは「ストーリー」だそうです。3文字の意味ある言葉に変えると覚えやすかったように、ストーリーのある話は覚えやすいのです。
そのうえにストーリーのある話は細部は忘れても印象は忘れにくい。
つまりは、ストーリーのある話は人間の心に残ります。だから、作品でもスピーチでも「ストーリーがあることは強く心の残る」ということになるようです。
なので、そんな感じで『福島からのメッセージ』を書き直してみたのが以下です。
津波で流された町を見て彼女は震えが止まらなかった。
私たちは再び会えるのか。町は元に戻るのか。
こみ上げてくる感情に押しつぶされそうで彼女は感じたことを携帯に必死でメモした。
強制避難のため小さな娘と知らない街で暮らしながら自分の思いを伝えたいと願い、初めて作曲をした。
翌年、ミニアルバムが発売されて、彼女はシンガーソングライターになった。
それは少女の頃の彼女の夢だった。
震災前は東京電力の下請け会社にいたシングルマザー。
震災で失くしたものは多い。
でも、それを糧に新しい人生を手に入れることもできるのだ。
それは彼女だけに限らない。
どうでしょうか。
映画に登場する18名は全員が震災を乗り越えて、たくまくしい前向きに生きている人々です。
そのなかの一人だけに焦点を当て、彼女の言葉と行動によって、私の伝えたいこと「人はあきらめなければ必ず幸せになれる」を表現してみました。
最後に、もう一つ。実例を挙げておきます。
こちらの第1章「英語で話せなくても相手の話を真剣に聞いていれば『道』は拓けます」で、ご紹介した線香の煙をモチーフにしたHさんのアーティスト・ステートメントが以下です。
道しるべ
線香の煙は現世と霊界を繋ぐ道標とされる。
漂う線香の煙の千変万化を目にするとき、人と霊、現世と霊界の交信の有り様を目の当たりにしていると感じる。
線香の煙を通じ、仏や故人と対話ができるともいわれるが、煙の中には静寂と喧噪、混迷と安定、不安と安心、変化と普遍など相反するものが見える気がする。
それは、先祖や霊たちが発しているシグナルではないかと思える。
文章がヘタというわけでもなく、きちんと書かれているのですが、これも一般論的ですよね。
その上に「何を表現したいか」が伝わってきません。
最大のマイナスポイントは「なぜ、表現したいか」という理由が自分の体験に基づいたストーリー仕立てで書かれていない。そのために読んだ人の心に共感を呼ぶ文章になっていないことです。
では、それを書き直してみましょう。
私は毎朝、仏壇に水をあげて線香を立てる。
そして、手を合わせる。
70代後半になってからは元気に朝を迎えられたことをご先祖様たちに毎日感謝している。
気がかりなことがある時はしばらく座ったままで亡き父に心で話しかける。
線香の煙はまっすぐに立ち昇る日もあれば、右往左往するように激しく揺れるときもある。
私にはその形が父からの返答のように思える。
自分の中の怒りが消えないときは赤く見えるときもある。
線香の燃える時間は30分。その時間だけ座っていれば大概の懸念は消えている。
伝わってくるものがあるでしょうか?
少なくとも情景や作者の心の動きが感じられると思います。
伝えたいことは以下です。
自分に話しかける時間を持てれば、どんな大変な日々でもその一日を平穏に始められる。
たくさんの戦争や犯罪や悲しいニュースはあるけれど、それを無くすためにも私たちは心穏やかに過ごす時間を持ちたい。
こんな感じなら、日記みたいに実際あることを素直にかけばいいですから、文章が苦手だと身構えなくても大丈夫だと思いませんか?
ぜひ、自分のストーリーを素直に書いて、読んだ人を感動させてください。
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